東京地方裁判所 昭和56年(ワ)10034号 判決 1988年6月29日
原告(反訴被告)
チェレーザ・エス・アール・エル
右代表者
アンナ・マリア・デ・ジャコミ
右訴訟代理人弁護士
吉井参也
被告(反訴原告)
ジャピタル株式会社
右代表者代表取締役
新美清成
主文
一 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、別紙第一目録記載一ないし三及び同第二目録記載一、二の各商標権について、移転登録手続をせよ。
二 原告(反訴被告)が被告(反訴原告)に対し、別紙第三目録記載一、二の各商標登録出願により生じた権利の移転請求権を有することを確認する。
三 被告(反訴原告)は、別紙第四目録記載一ないし三の各標章を皮革製品及びビニール製のハンドバッグ、財布、鞄に使用し、又は右各標章を使用した右各製品を販売してはならない。
四 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金一億〇〇八〇万円及び内金五〇〇〇万円に対する昭和五六年九月一七日から、内金五〇八〇万円に対する昭和五九年九月二二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
五 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金四四三二万七七七四円及び内金一四四〇万六九六〇円に対する昭和五六年四月一二日から、内金九八六万八三五一円に対する同年一二月五日から、内金二〇〇五万二四六三円に対する昭和五八年一〇月七日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
六 原告(反訴被告)のその余の本訴請求及び被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。
七 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを五分し、その二を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。
八 この判決は、第四項及び第五項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1 被告(反訴原告、以下「被告」という。)は原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、別紙第一目録及び同第二目録記載の各商標権について、移転登録手続をせよ。
2(一)(主位的請求)
被告は原告に対し、別紙第三目録記載の各商標登録出願について出願人名義変更手続をせよ。
(二)(予備的請求)
原告が別紙第三目録記載の各商標登録出願により生じた権利を有することを確認する。
3 被告は、別紙第四目録記載の各標章を皮革製品及びビニール製のハンドバッグ、財布、鞄に使用し、又は右各標章を使用した右各製品を販売してはならない。
4 被告は、原告に対し、金一億一二〇〇万リラ及びこれに対する昭和五六年九月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
5 被告は、原告に対し、金一億〇〇八〇万円及び内金五〇〇〇万円に対する昭和五六年九月一七日から、内金五〇八〇万円に対する昭和五九年九月二二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
6 被告は、原告に対し、金四億八七〇〇万リラ及びこれに対する昭和五九年九月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
7 訴訟費用は被告の負担とする。
8 第4項ないし第6項につき仮執行宣言
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 本訴請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 原告は、被告に対し、金五六〇〇万円及び内金一六〇〇万円に対する昭和五六年四月一二日から、内金一〇〇〇万円に対する昭和五六年一二月五日から、内金三〇〇〇万円に対する昭和五八年一〇月七日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 第1項につき仮執行宣言
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 反訴請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 本訴請求の原因
1 原告は、イタリー法に基づき設立された法人であって、ローマに店舗兼事務所を有し、ハンドバッグ等皮革製品その他の製造販売を業としている。
被告は、昭和四八年一一月二七日、商号を「株式会社チェレーザ東京」として設立され、昭和五九年八月一日、現在の商号に変更された法人であり、ハンドバッグ等の皮革製品の輸入販売等を業としている。
2 原告は、約一〇〇年前に創立されたハンドバッグ等皮革製品についての老舗であり、「CERESA」の商号と商標とは皮革製品の分野において絶大な信用を博し、往時から王候貴族、大統領夫人等の愛顧を受けていた。
原告は、ハンドバッグに関しては、ローマにおいて、グッチに次いで周知著名であり、原告店舗に立ち寄る日本人旅行者も多い。
また、日本においては、イタリー、フランスの被服、皮革製品の有名ブランドは、適切な宣伝広告がされれば周知著名になる傾向が強いという過去の実績があるので、日本の業者はその導入に熱心である。原告についていえば、既に昭和四三年に、訴外株式会社中善(以下、「中善」という。)から販売代理店に指定してほしい旨の申込みを受けた事実が存在する。被告代表者新美清成(以下、「新美」という。)も、原告の著名性と右のような傾向に着目して、原告に対し、次項の契約締結を申込んだものである。
3 原告は、昭和四八年一一月二七日(又は遅くとも昭和四八年一二月三日までに)、被告との間で以下の内容の口頭の契約(以下、「本件契約」という。)を締結した。そして本件契約は、左記(一)(7)の約定に基づき昭和五三年一一月二七日に一年間更新され、翌昭和五四年一一月二七日に更に一年間更新された。
(一)(1) 原告は、被告を独占的販売代理店に指名し、被告はこれを受諾する。
(2) 本件契約に含まれる地域は、極東地域とする。
(3) 本件契約によって取扱われる製品は、皮革製又は織物製のバッグ、ベルト、ネクタイ、スカーフ等とする。
(4) 被告は、原告の同意なしに右製品と同種のいかなる製品も販売してはならない。原告は被告の同意なしに、第三者に右製品を販売してはならない。
(5)イ 右製品には、原告のCERESA商標をつけ、右以外の商標をつけないものとする。
ロ CERESA商標及び同商標を付した製品に関して形成されるグッドウィルは原告単独の財産である。ただし、極東における商標管理の便宜上、商標はこの地域においては被告の名義で登録されるものとする。
ハ 被告は、商標の使用について第三者から使用料を得た場合には、その全額を原告に支払わなければならない。ただし、被告は、原告の同意があるときは、商標管理の費用を差引くことができる。
(6) 本件契約の条項は、契約の期間満了又は中途解約の時点において現存する本件契約又はこれに基づく商品の販売契約に関する双方の権利義務に適用される。商標に関する条項は、契約期間の満了又は中途解約後も有効である。
(7) 本件契約の有効期間は五年とし、有効期間の四か月前までに一方の当事者が他方の当事者に契約を更新しない旨の通知をしない限り自動的に一年ごとに更新される。ただし、両者とも正当な理由なしにこの契約の更新を拒否できない。
(二) 本件契約は以下の趣旨を含むものである。
(1) 本件契約は、本件契約締結後に使用されるに至った商標にも適用される。したがって、本件契約は、別紙第二目録記載三、四の各商標権(以下、「カッチャトーレ商標権」といい、その登録商標を「カッチャトーレ登録商標」という。)、同第三目録記載三、四の商標登録出願にかかる各商標(以下、これらを「カッチャトーレ未登録商標」といい、場合によりカッチャトーレ登録商標とともに一括して「カッチャトーレ商標」という。)についての商標登録出願により生じた権利並びに同第四目録記載四、五の各商章(以下、「カッチャトーレ標章」という。)にも適用される。
(2) 被告が商標を被告の名義で登録する場合には、事前に原告の同意を得ることが必要である。
(3) 本件契約が終了したときは、被告は、商標登録出願が原告の同意を得てされたものであるか否かを問わず、原告に対し、登録済みの商標については移転登録手続をし、出願中の商標については出願人名義変更手続をする。
(4) 被告はCERESA商標について、原告の承諾を得ないで、第三者に通常使用権の許諾をしてはならない。
(三) 被告は、被告が昭和五三年六月二三日、別紙第一目録記載一の商標権(以下、「八田商標権」といい、その登録商標を「八田商標」という。)を訴外八田義明(以下、「八田」という。)から譲受けたことにより、原、被告の合意で本件契約の内容が変更され、被告が八田商標権及び別紙第一目録記載二、三及び同第二目録記載一、二の各商標権(以下、「チェレーザ商標権」といい、その登録商標を「チェレーザ登録商標」という。)並びに同第三目録記載一、二の商標登録出願にかかる各商標(以下、「チェレーザ未登録商標」といい、場合によりチェレーザ登録商標と合わせてまた、場合により八田商標をも含めて「チェレーザ商標」ということがある。)についての商標登録出願により生じた権利を有することになり、これを自由に使用できるようになった旨主張する。しかし、原告は、被告に対し、八田商標権、チェレーザ商標権及びチェレーザ未登録商標に関する権利を被告のものとすることに同意したことはないから、右各商標権等が原、被告間で、被告に帰属することはない。
仮に、当時の原告代表者の一人であった訴外マウリツィオ・デ・ジャコミ(以下、「マウリツィオ」という。)が、右のような同意を被告に与えたとしても、右同意は無効である。すなわち、当時の原告の定款には、特殊業務は二人の代表者が共同でこれをすべきことが定められているところ、外国の会社に右各商標権等を実質上譲渡するような内容の本件契約の変更は特殊業務に当たるから、マウリツィオのみならず当時の原告のもう一人の代表者であるアンナ・マリア・デ・ジャコミ(以下、「アンナ」という。)の同意が必要であり、アンナが右同意を与えたことはないから、マウリツィオの同意があったとしても、右契約の変更は効力を生じないものである。
(四) 本件契約の成立を証するために、昭和四九年四月一日付けの契約書(乙第一号証。以下、「本件契約書」という。)が作成されているが、右契約書は無効である。すなわち、契約書の作成は、原告の特殊業務に当たり、当時の原告代表者二名全員の署名が必要であるところ、そのうちの一人であるアンナの署名がないうえ、アンナが本件契約締結のことを知らなかったから無効である。
4 次項記載のとおり、被告は、カッチャトーレ商標について、原告に無断で商標登録出願し、カッチャトーレ商標権について登録を得た。
カッチャトーレ商標は、本件契約にいうCERESA商標ではないが、原告がイタリーにおいてカッチャトーレ商標に対応する商標について商標登録を受け(以下、これを「イタリー商標権」といい、その登録商標を「イタリー商標」という。)、昭和五五年初めまで、この商標を自己の商標として自らの製品に付して日本に輸出し、被告に供給していたものであるから、原告のグッドウィルを構成するものである。したがって、前項(一)(5)ロ記載のとおり、カッチャトーレ商標権及び同商標についても、本件契約の適用を受けるものである。
被告は、カッチャトーレ標章の付された製品(以下、「カッチャトーレ製品」という。)は、被告の指導の下にイタリーのドミナ社(後に商号変更してTIBAG社となった。以下、「ドミナ社」という。)が製造を行い、イタリーからの輸入の便宜上原告を通じて輸入したにすぎず、カッチャトーレ製品は、被告のオリジナルブランド製品であると主張する。しかし、右製品は原告がドミナ社に下請け製造させた原告の製品であり、被告の主張は虚偽である。
被告は、カッチャトーレ商標を創作したのは被告代表者新美であると主張するが、仮にそのような事実があったとしても、商標は、これを自己の商標として商品に付していた者に帰属するものであるから、右商標に関する権利が新美に属することにはならない。
また、被告は、当時友好関係にあった原告に、手続上の便宜から、イタリーにおいて、イタリー商標を原告名義で出願することを依頼したが、その際、被告は、原告に対し、イタリー商標の使用を昭和五五年一二月三一日までに限って許諾したと主張し、その証拠として被告から原告あての昭和五三年二月一二日付け文書及び原告から被告あての同年三月一〇日付け返信(乙第六五、第六六号証)を援用するが、どのような手続上の便宜があったか不明であるし、右各証拠については重大な疑問がある。すなわち、
① 乙第六五号証は、被告から原告にあてた書簡であるが、これが書かれた日付けが日曜日になっていること、
② 右書簡の内容は、イタリーにおいては商標登録出願をしてから登録になるまでの期間が二年ないし三年かかるので、その間の昭和五五年一二月三一日までイタリー商標の使用を許可するというものであるが、右期間は数年を要するものであって二、三年ではないこと、
③ 最後の行において、原告に対しテレックスによる返事を要請しているが、原告は、当時テレックスを所有していなかったこと
等の疑問点があり、乙第六六号証の原告から被告にあてた書簡についても、子供でも間違えないような文法上の誤りがある等の疑問があるうえ、原告と被告は、長い取引きの間、ほとんど文書によるやり取りがなかったのに、この二つの書簡だけが特別にやり取りされたとするのは不合理であること、原告において書類を管理しているエンリコ・コラントーニがこのような書簡を見たことがないこと、この二つの書簡をやり取りした新美とマウリツィオは親友であり、いつでもこのような手紙を書くことができる立場にあったことからして、右各乙号証は信用性が乏しいといわざるを得ないものである。したがって、この点での被告の主張は失当である。
結局、カッチャトーレ商標に関する権利が原告に帰属していることは明らかである。
5 被告は、以下のとおり本件契約に違反した。
(一)(1) 被告は、原告から、八田商標権を譲受けて原告名義にするため、八田と交渉することを依頼されたにもかかわらず、昭和五三年六月二三日、原告に連絡しないで交渉をまとめ、八田から右商標権を譲受けたうえ、同年一一月六日、原告に無断で被告名義にその移転登録をした。
その後原告は、被告に対し、八田商標権の移転登録を求めており、被告が右商標権の商標権者であることを認めたことはない。
また、被告が八田商標権を取得したことにより本件契約の内容が変更されたことがないことは前記3(三)記載のとおりである。
(2) 被告は、原告に無断でチェレーザ商標及びカッチャトーレ商標について商標登録出願をし、チェレーザ商標権及びカッチャトーレ商標権についてその登録を得た。
被告は、「原告と被告は、その時々の事情に応じ、本件契約条項にとらわれずに話合いのうえでそれぞれの出願をし、その所有関係を決めていたものである。」と主張するが、原告にとって重要な財産であり、自ら出願している商標について、販売代理店である被告名義で出願し登録することを許すはずがなく、被告の主張は虚偽である。
また、仮に当時の原告の共同代表者の一人であったマウリツィオが、被告においてこれらの商標登録出願をすること及び登録された商標権を被告のものにすることを許諾したとしても、右許諾は無効である。すなわち、右のような許諾も原告の特殊業務に属するところ、当時の原告の共同代表者の一人であったアンナは、被告が右商標登録出願をすること及び登録された商標権を被告のものにすることを許諾したことがないから、仮にマウリツィオがこれを許諾していたとしても、右許諾は効力を生じない。
(二)(1) 被告は、原告の承諾を得ないで、しかも、八田商標権の取得以前である昭和五〇年一二月一日、中善に対し、別紙第四目録記載一及び三の各標章(以下、同目録記載二の標章を含めて「チェレーザ標章」又は「チェレーザ標章一、二、三」という。)につき、通常使用権を許諾し、右契約は毎年更新されて昭和五五年に及んだ。
(2) 被告は、中善から、右標章の使用料として左記のとおり合計金一億〇七三〇万円を受領しながら、昭和五四年三月に原告に対し金八〇〇万円を送金したのみでその余の支払いをしない。被告は、右使用料を原告製品の宣伝広告費に費消したと主張するが、本件契約にいう第三者から得た使用料より差引くことのできる商標管理の費用(前記3(一)(5)ハ参照。)に、宣伝広告費用が入らないことは明らかであるし、本件契約とは別に、原告が、右使用料を宣伝広告のために使用することを許諾したということもない。
なお、仮に、マウリツィオが右使用料を宣伝広告のために使用することを被告に許諾したとしても、右許諾は無効である。すなわち、原告の定款には、特殊業務は二人の代表者が共同でこれをすべきことが定められているところ、右使用料支払の免除を許諾することは、特殊業務に属する。当時の原告の共同代表者の一人であったアンナは、被告が右使用料を支払わず、これを宣伝広告費に充てることを許諾したことはないから、仮にマウリツィオがこれを許諾していたとしても、右許諾は効力を生じない。
記
昭和五一年度分
昭和五〇年一二月二六日
金一〇〇〇万円
昭和五一年一二月六日
金一〇〇〇万円
昭和五二年度分
昭和五二年六月三〇日
金一〇〇〇万円
同年一二月一〇日
金一〇〇〇万円
昭和五三年度分
昭和五三年八月三一日
金一〇〇〇万円
昭和五四年一月三一日
金一一三〇万円
昭和五四年度分
昭和五四年七月二六日
金一〇〇〇万円
昭和五五年一月三一日
金一三五〇万円
昭和五五年度分
昭和五五年七月三一日
金一〇〇〇万円
昭和五六年一月三一日
金一二五〇万円
なお、被告が八田商標権を取得したからといって、本件契約内容が変更されないことは、前記3(三)記載のとおりである。
(三) 被告は、原告に無断で、昭和五五年二月二八日、訴外エース株式会社(以下、「エース」という。)に対し、チェレーザ標章一及び三につき、通常使用権を許諾し、その使用料として、昭和五五年三月金一五〇万円を受領しながら、原告にこれを支払わない。
(四) 被告は、原告の独占的販売代理店であるから、ハンドバッグ等の原告製品を輸入し、日本においてこれを販売すべき義務があったのに、昭和五四年一一月以降、原告に対し、原告製品の注文を全くせず、独占的販売代理者としての義務に違反した。
(1) 被告が昭和五四年一一月二〇日以降原告に対し注文をしていないことは、被告から原告あての昭和五五年一二月一六日付け書簡(甲第四二号証の一)において、一年間原告に注文を送っていないし何の通信もしていないことを認めていること、被告代表者の新美が昭和五五年中に何度もイタリーを訪れながら、原告事務所に立ち寄っておらず、また、同年一月にはローマのホテルで原告代表者アンナに会いながら同人に気づかない振りをして通り過ぎる等していること、被告の取締役兼大株主であるマウリツィオが、同年三月一五日、原告との取引きを終了する旨を、原告の共同代表者の一人であるアンナに表明する等していることから明らかである。
(2) 被告は、原告の内部紛争の影響を受け、誰に注文をすればよいのか分からなかったことや、昭和五五年七月、八月の間は原告の工場の生産活動が停止になっていたこと等のため、注文ができなかった旨主張する。しかし原告は、内部紛争があったとしても、平穏に営業を続けていたのであるから、原告あてに注文書を発すれば問題はなかったはずであり、七月八月も原告の営業活動は停止していなかったから、被告が原告に注文をする障害となるような事実はなかった。
(3) 被告が原告に注文をしなかった真の理由は、昭和五五年一月三一日に、原告の代表者を辞して原告の競争者になったマウリツィオを支援していたこと及びチェレーザ商標権を自己名義で登録することができ、かつ、製品についてもイタリーの工場から直接輸入することができる見通しであった(被告は、同年四月ころまでには、イタリーの業者に発注して、カッチャトーレ標章を付したハンドバッグの製造をさせていた。)ことから、原告との取引が不要となり、原告を日本市場から追放しようと図ったためである。
(五) 被告は、昭和五五年一月以後、原告に無断で、イタリーのドミナ社に、カッチャトーレ標章を付したハンドバッグを製造させ、これを輸入販売した。
(六)(1) 被告は、マウリツィオが昭和五五年一月に原告を事実上退社し、原告の競争者になっているのを知りながら、原告に無断で、別紙第五目録記載の商標権(以下、「ジャコミ商標権」という。)にかかる商標(以下、「ジャコミ商標」という。)について、第一七類、第二一類、第二二類の商品を指定商品として、各商標登録出願し、ハンドバッグ等に右商標を確保することを企てた。
(2) 被告は、日経流通新聞の記者に、被告が原告からジャコミ商標の付されたハンドバッグを輸入販売する旨の虚偽の情報を提供し、昭和五五年一一月一七日付けの同新聞に、その旨の記事を掲載させた。
(3) 被告は、マウリツィオが、昭和五五年一月に原告を退社し、原告と関係がなくなっていることを知りながら、昭和五六年二月に行われた東京銀座の松坂屋百貨店の展示会(ホテルオークラ主催)用パンフレットに、マウリツィオが原告の五代目当主であるとの虚偽の記事を掲載させた。
(4) 被告は、昭和五六年二月、右展示会において、原告の同意なくして、ジャコミ商標の付されたハンドバッグを販売し、原告製品と競合する製品を扱った。
(七) 被告は、遅くとも昭和五三年にはイタリーのライペ社が製造する袋物等の皮革製品の日本における独占的販売代理店になり、原告製品と競合する製品を扱った。
6(一) 被告は、前項記載のごとく本件契約に違反し、かつ、昭和五四年一一月二〇日付けで注文をして以後、原告に対し原告製品の注文をせず、黙示的に本件契約の解約の意思表示をしたので、原告もこれに応じざるを得ず、本件契約は、昭年五五年八月末までに合意解約された。
(二) 原告は、第5項の契約違反が本件契約を継続しがたい重大な事由に当たるため、昭和五六年二月中旬、被告に対し、訴外ピィツオリを通じて、本件契約を解除する旨の意志表示をした。更に原告は、昭和五六年四月一日到達の内容証明郵便で、被告に対し、右同様に本件契約の解除の意思表示をした。よって、本件契約は解除された。
7(一) 八田商標権の取得、チェレーザ商標及びカッチャトーレ商標の商標登録出願ないし商標登録は、原告に無断でされたものであるが、同時に本件契約に規定する(前記3(一)(5)ロ)商標管理のためなされたものでもあるから、右約定に従い、被告は原告に対し、八田商標権、チェレーザ商標権及びカッチャトーレ商標権については商標権移転登録手続を、チェレーザ未登録商標及びカッチャトーレ未登録商標については、商標登録出願により生じた権利の出願人名義変更手続をする義務を負担するものである。
(二) 前記第2項ないし6項記載の事実を考慮すると、被告は、原告に対し、条理に基づき、本件契約終了の際に、八田商標権、チェレーザ商標権及びカッチャトーレ商標権について移転登録手続を、チェレーザ未登録商標及びカッチャトーレ未登録商標について、商標登録出願により生じた権利の名義変更手続をする義務があるところ、本件契約は前項記載のとおり終了したから、原告は、被告に対し、右移転登録手続及び出願人名義変更手続をすることを請求することができる。
(三) 原告はイタリー国籍の法人であり、被告は日本国籍の法人であるところ、両国は、いずれもパリ条約に加盟している。被告は、原告の販売代理店であったが、原告の許諾を得ないで、前記5(一)のとおりチェレーザ商標及びカッチャトーレ商標について商標登録出願をして、チェレーザ商標権及びカッチャトーレ商標権の登録を得た。また、被告が原告の意思に反して八田商標権を取得したことも前述したとおりである。したがって、原告は被告に対しパリ条約六条の七第一項に基づき、右各商標権の移転登録手続及びチェレーザ未登録商標及びカッチャトーレ未登録商標についての出願人名義変更手続を求めることができる。
(四) 仮に、右(一)ないし(三)の出願人名義変更手続の請求が認められないとしても、被告は、原告がチェレーザ未登録商標及びカッチャトーレ未登録商標の商標登録出願により生じた権利を有することを争っているから、原告は、右の権利を原告が有することの確認を求めることができる。
8(一) 原告は、第2項記載のとおりローマにおいて周知著名な皮革製品の老舗である。
(二) 被告は、その設立後、原告からハンドバッグを輸入し、チェレーザ標章及びカッチャトーレ標章(以下、これを一括して「本件標章」と呼ぶことがある。)を付して、日本国内において販売している。
(三) その日本国内における販売金額は、本件標章を付したハンドバッグについては、
昭和四八年一一月から昭和四九年三月まで 金三六〇万円
同四九年四月から同五〇年三月まで金六六〇〇万円
同五〇年四月から同五一年三月まで金一億一三〇〇万円
同五一年四月から同五二年三月まで金二億二一〇〇万円
同五二年四月から同五三年三月まで金二億五八〇〇万円
同五三年四月から同五四年三月まで金四億三九〇〇万円
同五四年四月から同五五年三月まで金四億八五〇〇万円
右のうちカッチャトーレ標章を付したハンドバッグのみについては、
昭和五三年四月から同五四年三月まで金六五〇〇万円
同五四年四月から同五五年三月まで金二億〇三〇〇万円
であった。
このような被告を通じての原告製品の販売と、宣伝広告により、本件標章は、遅くとも昭和五五年八月ころまでに、原告の商品表示として日本国内において周知となった。
(四) 被告は本件標章を、ハンドバッグ、財布、鞄などの皮革製品に付して販売を続けているうえ、最近では右と同様のビニール製の品物をも販売しており、取引業者及び需要者をして原告の商品であるとの誤認混同を生ぜしめている。
(五) 原告は、被告の右行為により営業上の利益を害されている。
9(一) 被告は、前記3(一)(1)のとおり原告の独占的販売代理店になっていたにもかかわらず、昭和五四年一一月以降、原告に対し注文をせず、そのため原告は、昭和五五年八月までの九か月間に合計金一億一二〇〇万リラの損害を被った。すなわち、右以前に原告が被告の注文により輸出したハンドバッグの価格は、
昭和五三年度 金一一億〇七〇〇万リラ、
昭和五四年度 金一九億リラ
であり、年平均金額は、金一五億〇三五〇万リラであった。したがって、原告は、被告が注文を中止しなければ、前記九か月間に少なくとも金一一億二〇〇〇万リラ相当のハンドバッグの販売をすることができたはずであり、原告の利益は、輸出価格の一〇パーセントを下らないから、原告は、少なくとも金一億一二〇〇万リラの利益を得ることができたはずである。よって、原告は、被告の債務不履行により少なくとも金一億一二〇〇万リラの得べかりし利益を喪失した。
(一一億〇七〇〇万リラ+一九億リラ)÷二÷一二か月×九か月×一〇パーセント=一億一二〇〇万リラ(一〇〇万リラ未満切り捨て)
(二)(1) 被告は、前記5(二)及び(三)のとおり中善及びエースに、チェレーザ標章一及び三についての使用許諾をし、その対価として、昭和五六年一月三一日までに中善から合計金一億〇七三〇万円を、エースから金一五〇万円をそれぞれ受領しながら、昭和五四年三月に原告に対し、中善から受領した対価のうちの金八〇〇万円を送金したのみでその余の合計金一億〇八〇万円の支払いをしない。
(2) 被告は、原告に対し、本件契約の条項(前記3(一)(5)ハ参照。)を適用ないし類推して、右未払い金を支払う義務が存する。
(3) 仮に、本件契約条項の類推が認められないとしても、被告が右標章を使用許諾するためには、原告の承諾を得なければならず、原告の承諾を得るためには原告に対し相当の対価を支払わなければならないところ、被告は、これを支払わないで使用許諾をし、その支払を免れ同額の利益を受けたものであり、他方原告は、本来受領することができた右と同額の使用料の支払を受けることができず、右と同額の損失を被ったものであるから、原告は、不当利得返還請求権に基づき、被告に対し、右金一億〇〇八〇万円の支払を請求することができる。
(4) 原告は、昭和五六年九月一六日、被告に送達された本件訴状により、右未払い金の内金五〇〇〇万円(ただし、エースから受領した金一五〇万円を含む。)を、昭和五九年九月二一日到達の同年八月二四日付け準備書面により残金五〇八〇万円をそれぞれ請求した。
10 本件契約は、遅くとも昭和五六年四月一日までには解除されたから、被告は、八田商標権、チェレーザ及びカッチャトーレ各商標権ないし各未登録商標を自己の商標であるとして原告の営業を妨害することはできないものである。しかるに、被告は、右各商標権等が被告名義で登録され又は出願されていることを奇貨として、
(一) 原告が昭和五五年九月に訴外ファーレインターナショナル株式会社(以下、「ファーレ社」という。)と販売代理店契約の予約をし、続いて昭和五五年一二月一日同社と本契約をしたにもかかわらず、妨害を繰り返して、同社において全く営業できないようにし、右販売代理店契約を約一年間で解消せざるを得なくした。
(二) 原告が昭和五七年八月初め訴外ローマトリトーネ株式会社(以下、「トリトーネ社」という。)と販売代理店契約を締結して、販売を開始する用意をしているにもかかわらず、妨害を継続しており、いまだに同社において販売を開始することをできなくしている。
このため原告は、ファーレ社、トリトーネ社に原告製品を輸出することができず、以下のとおり合計金四億八七〇〇万リラの損害を被った。すなわち、原告が被告の注文により輸出したハンドバッグの価格は、
昭和五三年度 金一一億〇七〇〇万リラ
昭和五四年度 金一九億リラ
であり、年平均一五億〇三五〇万リラとなるが、原告の利益は、輸出価格の一〇パーセントを下らないから、一年間の利益の額は約金一億五〇〇〇万リラである。そして、仮に、被告の営業妨害行為がなかったとすれば、原告は、前記両会社との取引によって少なくとも右と同程度の利益を得ることができたはずである。
したがって、原告は、昭和五六年五月一日から昭和五九年七月三一日までの三年三か月の間に、合計金四億八七〇〇万リラの得べかりし利益を失い、右と同額の損害を被った。
11 よって、原告は、被告に対し、本件契約が終了したことにともない、本件契約、条理又はパリ条約六条の七第一項に基づき、チェレーザ商標権及びカッチャトーレ商標権の移転登録手続及びチェレーザ未登録商標及びカッチャトーレ未登録商標についての出願人名義変更手続(被告が、商標登録出願により生じた権利を原告が有することを争っているので、予備的に、原告が右権利を有することの確認)、不正競争防止法一条一項一号に基づき、本件標章を皮革製品、ビニール製のハンドバッグ、財布、鞄に使用し、又はこれらを使用した商品を販売することの差止め、9項(一)の債務不履行に基づく損害金一億一二〇〇万リラ及びこれに対する訴状送達による請求の日の翌日である昭和五六年九月一七日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、同項(二)の債務不履行に基づく損害金(選択的に不当利得返還請求権に基づく利得金)金一億〇〇八〇万円及び内金五〇〇〇万円に対する訴状送達による請求の日の翌日である昭和五六年九月一七日から、内金五〇八〇万円に対する請求後の日である昭和五九年九月二二日から完済に至るまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、10項の不法行為に基づく損害金四億八七〇〇万リラ及びこれに対する右不法行為後の日である昭和五九年九月二二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 本訴請求の原因に対する認否
1 本訴請求の原因1は認める。
2 同2のうち、原告が一〇〇年前に創立されたという話があること、原告店舗に立ち寄る日本人旅行者がいることは認め、その余は否認する。
本件契約が締結された昭和四八年一二月三日当時、原告は、イタリーのローマに皮革製品を販売する店舗を有するだけで、輸出はしておらず、日本との関係では、わずかにローマを訪れる日本人観光客が原告店舗に立ち寄ることがあるのみのいわゆる観光ショッピング用店舗であったにすぎなかったものであり、CERESA商標ないしチェレーザ商標は、日本においては全く無名であった。
チェレーザ商標を日本において周知としたのは被告である。すなわち、被告は、チェレーザ標章を付した製品(以下、「チェレーザ製品」という。)を輸入するについて、シンボルマークになる標章がなかったたため、別紙第一目録記載三の「商標の構成」のような商標又は別紙第四目録記載二のような標章を創造した。また、商品についても、原告が販売していたままでは洗練されていなかったので、被告において格調高いデザインを創出した。宣伝活動も被告において企画、立案、展開し、その結果、チェレーザ商標が一流ブランドとして広められ、販売実績が拡大していった。そして、被告がチェレーザ製品の周知性を高め、営業実績を増大させたことにより、原告によるチェレーザ製品の輸出、その周知性、原告自身の評価、ローマの原告店舗における売上等がいずれも増大するなどの利益を原告にもたらした。
3 同3のうち、冒頭部分及び(一)(ただし、契約の締結日を除く。)を認め、(二)ないし(四)は否認する。
本件契約が締結されたのは、昭和四八年一二月三日である。
本件契約は、原告がチェレーザ商標について商標登録を取得できることが前提とされていたところ、原告は、八田商標権の存在によりチェレーザ商標の登録が困難であったためその取得を断念し、被告にその解決を委ねた。被告は、昭和五三年六月二三日、八田から八田商標権を譲受け、同年一一月六日にその移転登録を受けた。
本件契約は、原告が八田商標権の取得を断念し、かつ、被告が八田商標権を取得したことにより、原、被告合意のうえその内容が変更され、被告がチェレーザ商標に関する権利者として、これを使用することができるようになった。
4 同4のうち、被告が、カッチャトーレ商標について、商標登録出願し、そのうちカッチャトーレ商標権について登録を得たこと、原告が、イタリーにおいて、イタリー商標について商標登録を受けたことは認め、その余は否認する。
本件契約は、チェレーザ商標にかかる契約であり、カッチャトーレ商標には適用されない。カッチャトーレ製品の輸入販売は、原告と被告の別個の約束に基づくものである。
また、カッチャトーレ商標権等同商標に関する権利は、被告に帰属するものである。すなわち、被告は、フランス製のハンドバッグなどの袋物に対抗するイタリー製品の開発を企画し、そのシンボルとして、新美がカッチャトーレ商標及びイタリー商標を創作して、訴外株式会社ネオ・プロジェクトに依頼してこれをデザイン化し、このうち、カッチャトーレ商標について被告が商標登録出願したものである。被告は、昭和五三年八月から昭和五四年一二月までイタリーのドミナ社に注文し、被告の指導の下にカッチャトーレ製品を製造させ、これを、原告を経由して日本に輸入していたものであり、原告は、カッチャトーレ製品については、日本への輸出経由業者であったにすぎない。
被告は、昭和五三年二月一三日、カッチャトーレ商標を日本で商標登録出願したが、カッチャトーレ製品がイタリー製であり、イタリーで販売されていることが日本における宣伝広告に好都合であったことから、イタリーにおいても、商標登録出願することとし、同年四月二一日、当時友好関係にあった原告に依頼して、原告名義でイタリー商標について商標登録出願をして商標登録を経た。その際、被告は、原告の希望を入れて、昭和五五年一二月三一日までに限って、原告にイタリー商標の使用を許諾した。
以上の経過は、被告から原告あての昭和五三年二月一二日付け文書(乙第六五号証)に「……二月一三日に特許庁にカッチャトーレ商標の出願を申請する予定です。イタリーにもこの商標をできるだけ早く登録したいと思っていますので、貴社にその出願登録をお願いしたい所存です。一九八〇年の末まではこの商標の使用は貴社におまかせします。」及び「御存知のようにカッチャトーレは我々の初めてのオリジナルブランドです。」旨の記載があること並びに原告から被告あての昭和五三年三月一〇日付け返信(乙第六六号証)に「一九七八年二月一二日付けの貴信のカッチャトーレ商標の登録に関し、弊社に認可の同意をしていただき感謝しております。つきしては上記の認可は無償で一九八〇年一二月三一日まで継続するものであり、貴社の書面による同意に基づいてのみ更新されるものであることを確認いたします。」との記載があることから明らかである。原告は、右各書簡について種々論難するけれども、しよせん根拠のない強弁にすぎない。
5(一) 同5(一)のうち、被告が、昭和五三年六月二三日、八田から八田商標権を譲受け、同年一一月六日その移転登録を受けたこと、原告が被告に対し八田商標権の移転登録を求めたこと、被告が、チェレーザ商標及びカッチャトーレ商標について、商標登録出願をし、そのうちチェレーザ商標権及びカッチャトーレ商標権について登録を得たこと、当時アンナが、原告の共同代表者の一人であったことはそれぞれ認め、その余は否認する。
八田商標権、チェレーザ商標権及びチェレーザ未登録商標についての商標登録出願により生じた権利は、カッチャトーレ商標権等と同様に被告に属するものである。すなわち、被告は、昭和五三年四月二三日、八田と交渉して八田商標権を取得し、同年一一月六日その旨登録した。被告は、八田商標権を取得後、原告にその旨連絡をしたところ、原告も被告が右商標権を有することを認めた。このように原告が被告において八田商標権を有することを認めたのは、原告が商標権取得について関心を示さず、被告がその努力により高価な対価を払ってチェレーザの基本商標権である八田商標権を取得したことに加え、チェレーザ製品の販売自体がもっぱら被告の営業努力でなされたことによる。右と同様に、チェレーザ商標権及びチェレーザ未登録商標についての商標登録出願により生じた権利は被告が有するものであり、原告もこれを認めていた。
右事実は、前記浅村から原告あての昭和五五年五月一四日付けテレックス(甲第三一号証)に「チェレーザ東京は、CERESA商標をチェレーザ東京名義で日本において登録することにつき、チェレーザ・エス・アール・エルより口頭の承認を得ており、チェレーザ・エス・アール・エルが、彼に商標登録の移転登録手続を求めたことがあったが、そのとき彼は、その様な申出をきっぱり断ったと話していました。新美氏は、また、彼は、最近商標の件についてはイタリーから何も知らせはないと話していた」旨の記載があることにより裏付けられる。したがって、本件契約は、八田商標、チェレーザ商標について変更され、右各商標についての商標権ないし商標登録出願により生じた権利は、被告が有するものとして、本件契約が終了しても、原告に移転登録手続及び出願人の名義変更手続をする必要がなくなった。
なお、原告自身が商標登録出願しているからといって、被告のした出願が原告に無断でされたことの証左となるものではない。原告と被告とは、その時々の事情に応じ、本件契約の規定(本訴請求の原因3)にとらわれずに、話合いのうえでそれぞれの出願をし、その所有関係を決めていたものである。
また、カッチャトーレ商標は、本件契約締結当時存在しておらず、そもそも本件契約には含まれないし、前項記載のとおり、右商標に関する権利は被告に属するものである。
(二) 同5(二)のうち、被告が八田商標権の取得以前である昭和五〇年一二月一日、中善に対し、チェレーザ標章一及び三につき、通常使用権を許諾し、右契約が毎年更新されて昭和五五年に及んだこと、被告が、中善から、右各標章の使用料として原告主張のとおり合計金一億〇七三〇万円を受領しながら、昭和五四年三月に原告に対し金八〇〇万円を送金したのみでその余の支払いをしていないことは認め、その余は否認する。
右通常使用権の許諾当時、チェレーザ製品は無名で、しかも販売開始から時間がたっていなかったため、販売実績が振るわず、宣伝広告活動を活発にする必要があった。しかし被告は、原告からその費用を支給して貰えなかったため、あらかじめ原告の了解を得て、中善に右通常使用権を許諾し、当時としては破格の使用料の支払いをさせることに成功した。したがって、被告と中善との契約が本件契約違反にならないことは明らかである。なお、被告は、昭和五三年六月二三日、八田商標権を取得したが、これ以降、被告と中善との契約は、被告の有する八田商標権についての通常使用権許諾契約に変更された。
被告が中善から取得した使用料は、原告の同意を得て宣伝広告活動の費用に費消されたが、右各費用は、「商標管理の費用」(本訴請求の原因3(一)(5)ハ参照。)に当たり、原告に支払う必要がないものである。仮に、右各費用が商標管理の費用に当たらないとしても、原告は、被告が右使用料を右各費用に費消することを認めた。
(三) 同5(三)のうち、被告が、昭和五五年二月二八日、エースに対し、チェレーザ標章一及び三につき、通常使用権を許諾し、その使用料として、同年三月金一五〇万円を受領しながら、原告にこれを支払わないことは認め、その余は否認する。エースとの契約は、原告の了解の下に、チェレーザ製品を周知させる目的をもって、被告の有する八田商標権ないしチェレーザ商標権に基づき締結されたものである。そして、被告は、エースから取得した使用料を宣伝広告活動などに使用したのであるから、中善から取得した使用料と同様にこれを原告に支払う必要はなかった。
(四) 同5(四)のうち、被告が原告の独占的販売代理店であったことは認め、その余は否認する。昭和五四年一一月以降、原告と被告との取引が停止したのは、原告において、被告の発注に応じなかったからである。
被告は、原告に対し、昭和五五年五月から六月にかけて、何度も発注の連絡をしたが、全く応答して貰えなかった。被告は、マウリツィオが「今アンナと交渉している。必ず発送する、もう少し様子を見ていてほしい。」旨言明していたので、静観するよりほかはなく、そのうち、七月、八月になって原告の工場の生産活動が停止になる時期になり、九月まで待たざるを得なかった。ところが原告は、既に同年八月以前に被告と取引をする意思を失っていた。原告が被告との取引の意思を失った理由は、マウリツィオが、昭和五五年一月三一日に事実上原告を去り、同年五月二〇日正式に原告代表者を退任したことにより、マウリツィオとつながりのある被告との関わりを切ることを決意し、他方、販売代理店さえ代えれば従来のような利益を得られると軽信したことによる。
原告が被告の発注に応じなかったため原告と被告との取引が停止したことは、以下の事実により明らかである。
① 被告は、昭和五四年一一月まで七年の間、苦労して無名のチェレーザ商標を日本市場で育て、周知とし、多大の実績を上げ、売上を拡大しつつあったものであり、自らチェレーザ製品の販売を中止するなどということはあり得ないことである。
② 原告の日本における商標出願の代理人である浅村から原告にあてた昭和五五年五月一四日付けのテレックス(甲第三一号証)には、「チェレーザ東京が個人的かつ親密な知り合いであるチェレーザ・エス・アール・エルの社長が今年の一月に会社を去り、イタリーでは現在誰がその会社の財産、グッドウィルを継ぐかについて争いが起きており、このような状況を考えるとチェレーザ東京ではイタリーからのチェレーザ商品の輸入に困っている」旨の記載があり、右のような原告の内部文書においても、被告が取引を止める意思をもっていなかったことが明らかにされており、逆に被告が原告との取引を継続するため、発注や連絡を繰り返して行ったことを裏付けている。
③ 証人ジョバンニ・ムナーリの証言中には、チェレーザインターナショナルについて、「一九八〇年三月一日に初めてそういう話が出ました。マウリツィオがアンナと私に、書類によるオーソリゼーションをもって会社を作り、自分たちの品物をチェレーザインターナショナルで売ることをサゼッションしました。」「チェレーザ東京がチェレーザという名前を合法的に持ち続けるということを認めるようにと要求しました。」との部分があり、被告が右当時、原告との取引を希望し、マウリツィオを通じて取引継続のための努力をしていたことを明らかにしている。
④ 被告は、原告が後記⑤のように、昭和五五年九月中旬ころ、ファーレ社と販売代理店契約を結んだことを知った後においても、マウリツィオを通じて取引継続の努力をし、これが難しいと判明するや、同年一二月一六日付けの原告あて書簡(甲第四二号証の一)で、直接取引継続の意思を表明し、更に、昭和五六年三月六日付け文書(甲第六八号証)で注文をしている。
なお、原告は、前記昭和五五年一二月一六日付け書簡の「我々はあなたに対し沈黙を守ってきました」という記載をとらえて、被告が原告に対し連絡をとっていないとの趣旨が述べられている旨主張しているが、右書簡の内容を全体としてみれば、被告が原告との取引継続を希求していたことは明らかであり、右原告の指摘する記載も、被告がアンナとマウリツィオの話合いの成り行きを見守らざるを得なかった状況を述べているだけで、被告が原告に対し、発注をしなかったという趣旨を含むものではない。
⑤ 原告は、被告に対し、昭和五五年四月一一日付けの送り状でチェレーザ製品を発送しており、被告も右製品を何の異議もとどめずに受領しているから、この時点までは原、被告とも取引継続の意思があったことは明らかである。しかるに原告は、昭和五五年九月中旬ころには、被告が取引継続の意思があるか否かについて被告へ確認もせずに、ファーレ社との間で販売代理店契約(原告は予約であると主張するが、本契約である。)を締結しており、右経過からすると、取引の停止をしたのが原告であることは明らかである。
原告は、被告が昭和五四年一一月から昭和五五年八月まで発注をしなかったなど種々の債務不履行を行った旨主張するけれども、真実被告が原告主張のような債務不履行を行ったとすれば、右時点までに原告から何らかの警告がされているのが普通であるのに、そのような事実がなかったことは、被告の債務不履行がなかったことを物語るものである。
⑥ 原告は、「被告が原告に注文をしなかった真の理由は、昭和五五年一月三一日に、原告の代表者を辞して原告の競争者になったマウリツィオを支援していたこと及びチェレーザ商標を自己名義で登録することができ、かつ、商品についてもイタリーの工場から真接輸入することができる見通しであったことから、原告との取引が不要になり、原告を日本市場から追放しようと図ったためである。」旨主張するが、本項①の取引経過及び被告としては、商標を出願し、所有していても、原告の製造販売するチェレーザ製品でなければ、イタリー製品として販売し得ないこと、当時チェレーザ製品以上に周知性のあるブランド製品がなかったことからして、被告がマウリツィオと提携して原告を日本から追放しようとしたということはあり得ず、右原告の主張は虚偽である。
(五) 同5(五)のうち、被告が、昭和五五年、イタリーのドミナ社に、カッチャトーレ標章を付したハンドバッグを製造させ、これを輸入販売したことは認め、その余は否認する。
カッチャトーレ商標に関する権利は被告が有するものであるところ、ドミナ社に製造させた製品にカッチャトーレ標章を付して、カッチャトーレ製品とし、これを原告が輸出業者という形で日本に輸出していたものであり、このような形を取らなくなった昭和五五年一月以降においても、被告がカッチャトーレ標章を付した製品を日本において販売することについて原告は了解していたものである。
また、カッチャトーレ製品は、チェレーザ製品とは全く別の販売戦略で販売されていたものであり、原告も、右に述べた日本への輸出以外に、イタリーの原告店舗において、これを販売していたものであるから、カッチャトーレ製品は、チェレーザ製品の競合製品とはいえない。
(六) 同5(六)のうち、被告がジャコミ商標について第一七類、第二一類、第二二類の商品を指定商品として各商標登録出願したこと、昭和五五年一一月一七日付けの日経流通新聞に、被告がジャコミ商標の付されたハンドバッグを輸入販売する旨の記事が掲載されたこと、原告主張のパンフレットにマウリツィオが原告の五代目当主であるとの記事が掲載されていること、被告が、昭和五六年二月、原告主張の展示会において、原告の同意なくして、ジャコミ商標の付されたハンドバッグを販売したことはそれぞれ認め、その余は否認する。
原告が主張する契約違反の事由は、いずれも取るに足らないものであり、本件契約を解除する事由に当たらない。原告は、昭和五四年一一月以後は、被告の発注に対しこれに応じないという態度をとっていたのであり、遅くとも昭和五五年八月ころには原告自身によってファーレ社への販売代理店の依頼という重大な違反行為があったのであるから、それ以降に行われた被告の行為をとらえて、契約違反などを主張できる立場ではない。被告が昭和五六年二月ジャコミの商標の付されたハンドバッグを販売したころは、原告の取引停止の意思が明確になっていたものであって、本件契約違反にならないことは明らかである。
(七) 同5(七)は、否認する。
6(一) 同6(一)の事実は、いずれも否認する。
被告が原告との取引継続の意思を有していたことは前記本訴請求の原因に対する認否5(四)記載のとおりであるから、原告主張の合意解約などあり得ないものである。
(二) 同6(二)は、原告が、昭和五六年二月中旬、被告に対し、ピィツオリを通じて、本件契約を解除する旨の意思表示をしたこと及び原告が、昭和五六年四月一日到達の内容証明郵便で、被告に対し、本件契約解除の意思表示をしたことは認め、その余は否認する。
7 同7は争う。
8 同8のうち、被告が、その設立後、一定時期原告からハンドバッグを輸入し、チェレーザ商標を付して、日本国内において販売していたこと、本件標章を付したハンドバッグの販売金額が原告主張のとおりであること、被告を通じての商品の販売と宣伝広告により、チェレーザ商標が原告の商品表示として日本国内において周知となったこと、被告が、本件標章を、ハンドバッグ、財布、鞄などの皮革製品に付して販売を続けていることは認め、その余は否認する。
9(一) 同9(一)は、否認する。
(二) 同9(二)のうち(1)、(4)は認め、その余は否認する。
原告は、一方では被告が中善及びエースと契約を無断で締結したと主張しているのに、他方では右契約を是認し、これを前提として、右契約に基づいて被告が取得した使用料を原告に支払わないことを本件契約違反である旨矛盾した主張をしており、その不当なことは明らかである。
10 同10のうち、原告が、ファーレ社と販売代理店契約をしたこと、昭和五七年八月初めトリトーネ社と販売代理店契約をしたことは認め、その余は否認する。
三 反訴請求の原因
1 原告と被告は、昭和四八年一二月三日、本件契約(その内容は、本訴請求の原因3(一)と同じである。)を締結した。
2(一) 原告は、本件契約第一条に反し、本訴請求の原因に対する認否5(四)記載のとおり、昭和五五年四月一一日以降正当な理由なくして、本件契約に基づく継続的取引を停止した。
(二) 原告は、昭和五五年九月ころ、被告を原告の日本における独占的販売代理店にするとの本件契約の条項(本訴請求の原因3(一)(1)及び(4)参照。)に反し、ファーレ社との間でチェレーザ製品についての独占的販売代理店契約を結んだ。
(三) 原告は、昭和五七年八月初めころ、右同様に本件契約の条項に反して、トリトーネ社との間でチェレーザ製品についての独占的販売代理店契約を結んだ。
(四) 原告は、被告に無断で、右条項に反し昭和五六年四月三〇日中善との間で、同年五月ころエースとの間でそれぞれチェレーザ商標の使用権設定契約を結んだ。
3 被告は、前項の債務不履行を理由として、昭和五九年九月二一日原告に送達された準備書面により、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
4 被告は、原告の2(一)記載の債務不履行により、原告が取引を停止した日の翌月である昭和五五年五月より、本件契約解除の日から一年後の昭和六〇年九月二一日までの間、チェレーザ製品を販売したならば得たであろう利益を失い、これと同額の損害を被った。被告は、その内三年六か月分の得べかりし利益に相当する損害の賠償を求めるものであるが、その額は合計金五六〇〇万円となる。すなわち、被告の売上は、年々増加していたものであるが、原告が取引を停止する直前の第四期から第七期までの売上高は、平均年金四億五一二五万円余、平均純利益は金二四一二万円であるから、被告は、第七期以降も少なくとも同期の純利益である年金二三一〇万五一七九円以上の純利益を上げ得たはずである。ところで、右純利益のうちチェレーザ製品の占める割合は七〇パーセントを下ることはないから、三年六か月間にチェレーザ製品の販売により得べかりし純利益は金五六〇〇万円を下らない。
金二三一〇万五一七九円×七〇パーセント×三年六か月=金五六〇〇万円
したがって、被告は、原告の債務不履行により金五六〇〇万円の得べかりし利益相当額の損害を被った。
5 被告は、右損害金の内金一六〇〇万円については昭和五六年四月一一日に、内金一〇〇〇万円については昭和五六年一二月四日までに、内金三〇〇〇万円については昭和五八年一〇月六日にそれぞれ原告に対し、その請求をした。
6 よって、被告は、原告に対し、右損害金五六〇〇万円及び内金一六〇〇万円に対する請求の日の翌日である昭和五六年四月一二日から、内金一〇〇〇万円に対する右同様の日である昭和五六年一二月五日から、内金三〇〇〇万円に対する右同様の日である昭和五八年一〇月七日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 反訴請求の原因に対する認否
1 反訴請求の原因1のうち、原告と被告が本件契約を結んだことは認めその余は否認する。本件契約の締結日は昭和四八年一一月二七日である。また、本件契約の内容は、本訴請求の原因記載3(二)の趣旨を含んでいる。
2 同2のうち(一)(二)は否認し、(三)(四)は認める(ただし、右(三)が本件契約に反するとの点は争う。)。
昭和五五年九月原告とファーレ社との間に成立したのは予約であり、本契約は昭和五五年一二月に締結された。本件契約は、昭和五五年八月末までには合意解約されているから、被告主張の債務不履行は存在しない。
3 同3は認める。
4 同4は否認する。
5 同5は認める。
第三 証拠<省略>
理由
第一本訴について
一商標権移転登録手続請求等
1 本訴請求の原因1の事実並びに原告が約一〇〇年前に創立されたという話があること及び原告店舗に立ち寄る日本人旅行者がいることは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和四八年六月八日設立され、イタリー国ローマに店舗兼事務所を有し、毛皮製品及び皮革製品の製造販売を業とする有限会社である。
原告は、設立当初から昭和五五年五月まで、現代表者のアンナ及びその実弟のマウリツィオが代表権のある取締役となって共同経営していた。もっとも、実際には、専らマウリツィオが皮革製品の部門を、アンナが毛皮製品の部門を担当し、相互に干渉することは殆どなかった。
なお、設立から昭和五五年五月二〇日までの原告の定款では、「特殊業務、原告の商品若しくは権利の譲渡に関する任務(以下、これを「特殊業務」という。)は二名の取締役が共同で行わなければならない。」とされていた。
(二) 原告は、約一〇〇年前に創立された個人企業に起源を有するものであり、原告の使用する「CERESA」の商号又は商標は、ローマにおいては毛皮及び皮革製品の老舗の商号、商標として著名であった。そのため、現在の有限会社組織になる前の昭和四三年ころに、中善が右商標の使用許諾を求めに来たことがあり、また、日本の昭和四六年版の旅行案内書に、有限会社組織になる前のCERESAがローマにおけるハンドバッグ販売の有名店として紹介され、ローマの原告店舗に日本人観光客が立ち寄ることも多くなり、昭和四七、八年ころには、日本においても、ある程度原告又はその前身である個人企業の存在ないしCERESAの商号又は商標が知られるところとなっていた。
(三) 原告は当時ローマの店舗において皮革製品等を販売していたのみで、その製品の輸出等は一切していなかったが、マウリツィオは、新美と親しかったことから、原告の皮革製品を日本に輸出し、販売しようと考え、新美に協力を求め、アンナの同意を得たうえ、設立資金の九七ないし九八パーセントを拠出して、昭和四八年一一月二七日、商号を「株式会社チェレーザ東京」、代表取締役を新美として被告を設立し、自らも取締役となった。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2(一) 本訴請求の原因3冒頭及び(一)の事実(ただし、本件契約の締結日は遅くとも昭和四八年一二月三日であること)は当事者間に争いがない。
(二) 原告は、本件契約には本訴請求の原因3(二)に記載された趣旨が含まれていると主張しているのでこの点について検討する。
(1) 原告は、本件契約が本件契約締結後に使用されるに至った商標にも適用されると主張するが(本訴請求の原因3(二)(1))、右主張に沿う事実は本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。
すなわち、<証拠>並びに本項(一)記載の当事者間に争いのない事実によると、本件契約の内容を証する唯一の書証である本件契約書(乙第一号証)においては、原告が製造し被告が販売する製品に「CERESA」商標を付さなければならないこと並びに「CERESA」商標及び当該製品について生じる信用に関しては原告が唯一の権利者になることが取決められているにすぎず、その余の商標のことには全く触れていないことが認められるから、本件契約書をもって、本件契約が本件契約締結後に使用されるに至った商標にも適用されるとの趣旨まで規定しているとの証拠とすることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠も存在しない。(なお、原告は、本件契約書について、その作成が原告にとって特殊業務に当たるところ、本件契約書には当時原告の共同代表者の一人であったアンナの署名がないし、アンナは全く本件契約書の作成を知らなかったから、本件契約書は効力を有しないと主張する。しかし、契約の締結自体はともかくとして、これを証する契約書に署名することまでが特殊業務に属するとはいえないし、また、前掲甲第六〇号証(アンナの宣誓供述書)によると、アンナは、原告が被告と取引をすること自体については承諾を与え、マウリツィオの責任においてすることを条件に、その取引一切を同人に任せていたうえ、被告において「チェレーザ」の文字が含まれた商号を使用することまで承認していたことが明らかであること並びに原告も本件契約書の内容が原、被告間で口頭により結ばれた本件契約の内容と同一であることを争っていないことからすると、本件契約書にアンナの署名がないこと、又は、同人がその作成を知らなかったことをもって本件契約書の効力が左右されるものではなく、本件契約書は、本件契約の内容を証するものとして有効である。したがって、この点での原告主張は理由がない。
(2) 原告は、被告が商標を被告の名義で登録する場合には、事前に原告の同意を得ることが必要であると主張するが(本訴請求の原因3(二)(2))、右主張に沿う事実は、本件全証拠によるも認めるに足りない。
すなわち、前掲乙第一号証によると、本件契約書には、原告主張のような明文の条項は存在せず、かえって、商標の登録に関して、「極東における商標管理の便宜上、商標はこの地域では販売者(被告)の名義で登録されるものとする」との規定が存在し、被告名義で商標の登録がされることがあることが予定されていること及び被告名義で登録された商標も本件契約終了時には原告に返還されると定められていること(本件契約書第五条第一項参照)が認められ、これに、前記一1(一)及び(三)記載のとおり被告がその設立当初、原告の代表者の一人であったマウリツィオの支配し、経営する会社であったこと並びに原告と被告の取引が原告内部においてもっぱらマウリツィオが担当していた皮革製品にかかるものであったことを合わせ考慮すると、むしろ、本件契約締結の際、被告は原告の個別的な同意を得ないで被告名義で商標登録をすることができる旨の合意が成立していたと認める方が当事者の意思解釈として合理的であり、本件契約に、「被告が商標を被告の名義で登録する場合には、事前に原告の同意を得ることが必要である」との趣旨まで含まれていたと認定することは到底できない。
(3) 原告は、本件契約には、「本件契約が終了したときは、被告は、商標登録出願が原告の同意を得てされたものであるか否かを問わず、原告に対し、登録済みの商標については移転登録手続をし、出願中の商標については出願人名義変更手続をする。」との趣旨が含まれていたと主張する(本訴請求の原因3(二)(3))。
ところで、本項(二)(2)で認定したとおり、被告が商標を被告の名義で登録する場合にも、事前に原告の同意を得る必要がないのであるから、原告の同意を得ずに登録された商標権であっても本件契約の対象になることは明らかである。そして、前掲乙第一号証によると、本件契約書に「前記商標(CERESA)は……製造者(原告)のみが唯一の所有者である」と規定していることが認められるから、被告には、本件契約終了時において、商標登録出願が原告の同意を得てされたものであるか否かを問わず、原告に対し、被告名義に登録済みのCERESA商標権については移転登録手続をする義務があるというべきである(ただし、CERESA商標の商標登録出願により生じた権利につき、出願人名義変更手続をする義務があるか否かについては、後述する。なお、ここでいうCERESA商標は、「CERESA」の商標自体に限られず、これを日本語で表記し又は図案化した商標についての権利一切、すなわち、チェレーザ商標権、チェレーザ未登録商標についての商標登録出願により生じた権利を含むことは当然である。)。
よって、この点での原告主張は結論として一部理由がある。
(4) 原告は、本件契約には「被告は、CERESA商標について、原告の承諾を得ないで、第三者に通常使用権を許諾してはならない」との趣旨が含まれていたと主張する。(本訴請求の原因3(二)(4))
前掲乙第一号証によると、本件契約書は、CERESA商標の第三者に対する通常使用権の許諾ないし使用許諾については、第五条に「3 製造者(原告)は、販売者(被告)が商標使用に対して第三者から使用料を得たときのみ使用料を請求できる。4販売者は、商標使用により第三者から得た使用料の全額を製造者に支払うものとする。しかし、販売者は、右製造者の同意のもとに商標管理の費用を差引くことができる。」と規定しているのみで、この点についての明確な規定を置いていないことが認められる。
我が国商標法によると、専用使用権者であっても、商標権者の承諾を得た場合に限り、他人に通常使用権を許諾することができるとされていることと比較すると(商標法三〇条四項、特許法七七条四項)、被告も、原告の同意を得なければ第三者にCERESA商標の使用許諾をすることができないと解する余地が存在する。
しかし、本件契約の前記規定からすると、本件契約は、原告の同意を要するか否かはともかくとして、被告が第三者にCERESA商標の使用許諾等をする場合があることを予定していることが明らかであり、更に、被告は、CERESA商標については、その登録名義人ないし出願名義人であって(この点は当事者間に争いがない。)専用使用権者以上の地位にあり、しかも、前記一1(三)記載のとおり、原告と特殊の関係に立っていることからすると、本件契約においては、被告が第三者にCERESA商標の使用許諾をする際に、原告の承諾を得る必要がなかったと解することも十分に可能である。
右のとおり、本件契約に「被告は、CERESA商標について、原告の承諾を得ないで、第三者に通常使用権を許諾してはならない」との制限が付されていたことは、本件契約書の記載からも右契約書以外の証拠からも明らかでなく、結局本件全証拠によるもこれを認めるに足りないというべきである。
3(一)(1) 被告が昭和五三年六月二三日、八田から八田商標権を譲受け、同年一一月六日被告名義にその取得登録をしたことは当事者間に争いがない。この点について原告は、被告が原告に無断で、八田から八田商標権を譲受けて被告名義に登録したものであり、これは本件契約に違反する行為であると主張する。
しかし、前記2(二)(2)のとおり、本件契約には、被告がCERESA商標を自己名義で登録する場合に事前に原告の同意を得なければならないという定めはなかったと認められるから、仮に、被告が八田商標権を原告に無断で譲受けて被告名義に登録したとしても、これをもって本件契約に違反する行為であるということはできない。のみならず、マウリツィオ・デ・ジャコミの証言及び被告代表者尋問の結果によると、被告が八田商標権を譲受けたのは、原告においてこれを譲受ける意思はあったものの、原告がイタリー所在の会社であり、日本在住の商標権者である八田との交渉が思うに任せなかったため、被告にその取得を依頼したからであり、被告は右依頼に基づいて八田商標権を取得したと認められるので、これをもって本件契約に違反する行為であるといえないことは当然である。
(2) 被告は、八田商標権を被告が取得したことにより、本件契約の内容が変更され、チェレーザ商標権等はすべて被告のものになったと主張する。そして、マウリツィオ・デ・ジャコミの証言及び被告代表者尋問の結果中には右主張に沿う供述部分が存在する。しかしながら、原告が有し、原告の商号と同一であるか又はこれに由来する商標に関する権利を、第三者である被告にいわば譲渡するような合意は、前記一1(一)にいう原告の特殊業務に属するといえるから、当時の原告の代表者両名の同意が必要とされると解される。しかるに、アンナが原、被告間の取引関係の一切をマウリツィオにおいて処理することに同意していたことは、先に認定したとおりであるが、右のような合意をすることまでその包括的同意の範囲に含まれると認めるのは困難であるし、また、前記各供述によっても右のような合意をすることについてアンナが個別的に同意を与えたことを認定することもできない(マウリツィオ・デ・ジャコミの供述中には、八田商標権の取得をアンナにも話してある旨の部分が存在するが、他方同供述には、「アンナは、東京とは自分で話をしようとは決していたしませんでした。東京のことはすべて私が運営していたのであります。」との部分もあり、マウリツィオがアンナに八田商標権取得により、被告がチェレーザ商標権等の日本における最終的権利者になることまで話をしていたかは甚だ疑問であり、前掲甲第六〇号証によると、アンナが、当時は被告において八田商標権を取得したこと自体知らなかったと述べていることが認められることを合わせ考えると、前記各供述のみでは、前記のような合意をすることにつきアンナが同意したことを認定することは困難であるし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。)
したがって、仮に、マウリツィオが前記のような合意をすることについて同意していたとしても、原告の代表者の一人であるアンナの同意はない以上、右マウリツィオの同意は効力を生じない。
よって、この点での被告主張は理由がない。
また、被告は、原告と被告とは、その時々の事情に応じ、本件契約の規定にとらわれずに、話合いのうえでそれぞれの出願をし、その帰属関係を決めていたものであり、右各商標権ないし商標登録出願により生じた権利はいずれも被告に属するものであると主張する。しかし、このような原告の有する商標に関する権利を被告に譲渡するのと同様の意味を持つ、本件契約内容の変更についての取決めは、原告の特殊業務に属し、原告の二人の代表者の同意が必要というべきところ、これが原告代表者の一人であるアンナの前記包括的同意の範囲に含まれ、又はその個別的な同意を得てされたことは本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。したがって、仮に、マウリツィオと被告との間で被告主張のような取決めがされたとしてもその効力がないことは八田商標権の場合と同様であり、この点での被告の主張は理由がない。
(二) 原告は、被告がチェレーザ商標及びカッチャトーレ商標につき原告に無断で出願し、その一部について登録を得たが、これは本件契約に違反する行為である旨主張する。
被告がチェレーザ商標及びカッチャトーレ商標について商標登録出願をし、そのうちチェレーザ商標権及びカッチャトーレ商標権について登録を得たことは当事者間に争いがない。しかし、前記一2(二)(2)で認定したとおり、本件契約には、チェレーザ商標につき被告名義で商標登録出願する場合には、事前に原告の同意を得なければならないとの合意が存在するとは認められない。
また、カッチャトーレ商標は、その最初の商標登録出願の日が本件契約締結の日(遅くとも昭和四八年一二月三日)から四年以上経過した昭和五三年二月一三日であるところ(この点は当事者間に争いがない。)、前記一2(二)(1)記載のとおり本件契約の効力は、その締結後に使用されるに至った商標には及ばないから、カッチャトーレ商標は、本件契約の対象になっていないし、したがって、本件契約にいう原告に帰属すべき「本件製品に関して形成されるグッドウィル」にも当たらず、その商標登録出願をもって本件契約に違反するとはいえないことが明らかである。
よって、前記原告の主張は理由がない。
(三) 被告が、八田商標権の取得以前である昭和五〇年一二月一日、中善に対し、チェレーザ標章一及び三につき通常使用権を許諾し、右契約が毎年更新されて昭和五五年度に及んだこと並びに被告が昭和五五年二月二八日、エースに対し、右各標章につき通常使用権を許諾したことは、いずれも当事者間に争いがない。
原告は、右各通常使用権の許諾が、原告の同意を得ないでされたものであるから、本件契約違反の行為であると主張する。
しかし、前記2(二)(4)記載のとおり、本件契約に「被告はCERESA商標について、原告の承諾を得ないで、第三者に通常使用権を許諾してはならない」との定めがあったことは、本件全証拠によるも認めるに足りないから、右のごとく、被告が中善等に右各標章の通常使用権を許諾したことをもって、本件契約に違反する行為であると認定することはできない。
よって、この点での原告主張は理由がない。
(四) 被告が、中善から、チェレーザ標章の使用料として本訴請求の原因5(二)(2)記載のとおり合計金一億〇七三〇万円を受領しながら、昭和五四年三月に原告に対し金八〇〇万円を送金したのみでその余の支払をしないこと及び被告がエースから右と同様の趣旨で昭和五五年三月に金一五〇万円を受領しながら、原告にこれを支払っていないことは、それぞれ当事者間に争いがない。
ところで、本件契約に、「販売者(被告)が商標使用により第三者から得た使用料の全額を製造者(原告)に支払うものとする。しかし販売者は製造者の同意のもとに商標管理の費用を差引くことができる。」との条項が存在することは、当事者間に争いがない。したがって、被告が中善及びエースから受領した使用料を原告に支払わないことは、右例外規定に該当する等特段の事情のない限り、本件契約に違反するといわざるを得ない。
被告は、この点について、
① 右使用料のうち、被告が昭和五三年六月二三日に八田商標権を取得する以前のものについては、原告の同意を得て、原告製品の宣伝広告活動の費用に費消したもので、この費用は商標管理の費用であるから、右例外規定の場合に当たり、仮にそうでないとしても、原告は、被告の販売実績が振るわなかったことから、右使用料を宣伝広告活動の費用に充てることに同意していた。
② 右使用料のうち、八田商標権を取得した以後のものについては、八田商標権の取得によりチェレーザ商標権ないし同商標に関する権利が被告に帰属しているから、原告にその使用料を支払う必要はないし、仮にそうでないとしても、右①と同様の理由により、原告にその使用料を支払う義務はない旨主張する。
しかしながら、商標管理の費用とは、登録商標の現状を維持し、商標をその性質にしたがって利用して収益を図り、商標に改良を加えてその使用価値又は交換価値を増大させるなどの行為に直接必要な費用(民法二八条、一〇三条参照)を指し、右商標を付した製品の宣伝広告費用はこれに含まれないというべきである。
したがって、<証拠>によると、被告は、中善及びエースから得た使用料を原告製品販売のための宣伝広告費に費消したことが認められるけれども、これは、被告が右使用料を原告に支払わなくてもよいという理由にはならない。なお、本件全証拠によるも、昭和五〇年一二月当時、被告の販売実績が振るわず、宣伝広告費に窮する状態であったことは、これを認めるに足りない。
もっとも、証人マウリツィオ・デ・ジャコミの証言及び被告代表者尋問の結果によると、被告が右使用料を宣伝広告費に使用することに対し、当時の原告代表者の一人であるマウリツィオが同意をしていたことが認められる。しかし、商標使用の対価であって、しかも、年額金二〇〇〇万円以上に上る金員の支払を免除する合意は、原告の特殊業務に属するといわざるを得ず、前記1(一)のとおり原告の二人の代表者の同意が必要とされるところ、本件全証拠によるも、原告の代表者の一人であるアンナが右使用料支払の免除に同意をしていたことを認めるに足りないから(証人マウリツィオ・デ・ジャコミの証言中には、アンナが同意していた旨の供述部分があるけれども、右供述は前掲甲第六〇号証に照らし信用できない。)マウリツィオの右同意は効力を有しないものである。したがって、被告の主張①は、理由がない。
次に、前記3(一)(2)記載のとおり、本件全証拠によるも、被告が八田商標権を取得したことにより、本件契約の内容が変更され、チェレーザ商標に関する権利が被告に帰属したとは認めるに足りず、これを前提にする被告の主張②の前段部分は理由がなく、その後段部分も理由がないことは、被告の主張①につき説示したところから明らかである。
そうすると、被告が中善、エースから受領した使用料を原告に支払わなくてもよいとする理由は見出せないので、被告の右使用料不払いは本件契約に違反する行為であると認められる。
(五) 被告が原告の独占的販売代理店であったことは当事者間に争いがない。したがって、被告には、原告に製品を注文してこれを販売する本件契約上の義務があると認められる。そこで、被告が右義務に違反したか否かを検討する。
(1) <証拠>によると、被告が昭和五四年一一月ころ原告に対しチェレーザ製品の注文をし、原告がこれに応じて昭和五五年一月一八日、同年三月一八日、同年四月一一日の三回に分けてチェレーザ製品を被告に発送したこと、その後、原、被告間の取引が全くなくなったこと、被告は、昭和五五年一二月一六日、原告あてに手紙を出し、取引の再開を申出たこと、更に被告は、昭和五六年三月六日付けで原告に対し原告製品の発注をしたこと、原告は、被告との取引に応じる意思がなく右申出等を黙殺したことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(2) <証拠>によると、昭和五四年初めころから、当時原告の共同代表者であったアンナとマウリツィオが、両名の甥に当たるムナーリを原告の株主にすることなどを巡って対立していたこと、同年一一月ころ、ムナーリが原告の株式の三分の一を取得したことを契機として紛争が激化し、マウリツィオが、昭和五五年一月三一日、原告を事実上退社したこと、マウリツィオは、同年二月から三月ころ、アンナ及びムナーリに対し、マウリツィオが「チェレーザインターナショナル」という会社を設立すること及び同社がCERESA商標を使用することを原告が許可するよう求めたこと、これに対し、アンナは、右申入れを拒絶したこと、マウリツィオは、昭和五五年五月二〇日正式に原告を退社し、同日付けの原告の臨時株主総会において、アンナが原告の単独の代表者に選任されたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(3) <証拠>によると、被告代理者の新美は、原告あての昭和五五年一二月一六日付け書簡において、マウリツィオが原告を退社するつもりであることを事前に知らされていたという趣旨のことを書き送っていること、前記のごとくマウリツィオがアンナに「チェレーザインターナショナル」の話を持ちかけたころと前後する時期に締結された、被告とエースとの昭和五五年二月二八日付け契約書添付の覚書きに、右チェレーザインターナショナルに相当すると思われる「インターナショナルチェレーザ」とエースとの契約についての条項が存在すること、マウリツィオは、イタリーにおいて、「ヴェルティチエ・エス・アール・エル」という会社を設立し(マウリツィオの出資九〇パーセント、その妻の出資一〇パーセント)、昭和五五年六月一六日付けでジャコミ商標の商標登録出願をしたこと、被告も、同年八月五日、日本において、右商標の商標登録出願をし、同年一月一七日付けの新聞に、翌昭和五六年春からジャコミ商標を付した製品を輸入販売する旨の広告を出すなどして、右製品の輸入販売を図ったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(4) <証拠>によると、原告は、マウリツィオが事実上原告を退社した後、被告と連絡を取ることを全くしなかったこと、昭和五五年二月から三月ころ行われたアンナとマウリツィオの会談により、原告は、被告との取引が不可能であると考えるに至ったこと、ファーレ社の代表取締役浅野智雄は、同年八月ころ、アンナと知り合い、同年九月にチェレーザ製品の輸入販売契約の予約を結び、直ちにその宣伝広告活動を始め、同年一二月には本契約を締結したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(5) <証拠>によると、被告は、設立当初マウリツィオがほとんどの株式を所有する会社であったが、数回の増資を経て、昭和五四年七月ころには、マウリツィオの所有する株式が全体の五〇パーセントを割り、同人の一人会社という状況ではなくなったこと、原告と被告との取引は昭和五四年度まで順調に発展し、双方ともその取引を維持することに大きな利益を感じていたこと、殊に被告は、チェレーザ製品を日本において販売するため多大な投資をしており、右製品の取扱いを止めることは到底考えられない状況であったこと、原告の日本における商標登録出願手続の代理人であった浅村特許事務所からローマのザナルドにあてた昭和五五年五月一四日付けテレックスに、「我々は株式会社チェレーザ東京の社長である新美氏と電話で話をしました。そして新美氏より、チェレーザ東京が個人的かつ親密な知り合いであるチェレーザ・エス・アール・エルの社長が今年の一月に会社を去り、イタリアでは現在誰がその会社の財産とグッドウィルを継ぐかについて争いが起きており、このような状況を考えるとチェレーザ東京ではイタリアからのチェレーザ商品の輸入について困っているということを知らされました。」と記載されていること、被告代表者の新美は、原告あての昭和五五年一二月一六日付け書簡に、「マウリツィオ氏が貴方の店を去られた後、我々は貴方に対し沈黙を守っておりました。…………チェレーザにつき詳しい事情を理解できなかったのでこの件については沈黙せざるを得なかったのです。」と記載していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上認定した(1)ないし(5)の事実を総合すると、原告の取締役であり、かつ、被告の大株主であるマウリツィオが、原告の内部紛争に端を発して、昭和五四年一一月以降、新会社を設立してチェレーザ製品の輸出販売をしたいという意向を持ったこと、被告は、マウリツィオが原告と話をつけてチェレーザ製品の輸出販売をすることができるならば、右新会社との間で取引を始めることとし、原告とマウリツィオとの話合いを見守っていたこと、そのため、被告は、昭和五四年一一月以降、原告に対する製品の注文を控えるしかなかったこと、しかし、被告にとってチェレーザ製品の輸入販売ができなくなることはその死活に関わる問題であるところから、原告とマウリツィオの話合いがつかない場合には、原告と取引を続けていく意向であったこと、一方原告は、マウリツィオが被告の創立者であり、被告の大株主でもあることから、被告とマウリツィオを同一視し、マウリツィオが原告を退社した後は被告との取引関係も終了するものと考え、積極的に被告以外の取引相手を物色し、昭和五五年九月にはファーレ社との間でチェレーザ製品の取引の予約をしたこと、被告は、マウリツィオの新会社を通じての取引が困難になったことを知り、昭和五五年一二月一六日付けの書簡をもって、原告に取引の継続を要請し、更に、昭和五六年三月六日付け書面で原告製品の注文をしたこと、これに対し、原告は、被告の右要請等を黙殺したことが認められる。そうすると、被告が、昭和五四年一一月以降、原告に対する製品の注文をしなかったことについては、アンナとマウリツィオの紛争を含めて原告側に責任の大半があると認められ、被告が右契約における独占的販売代理店としての義務に違反したということはできないというべきである。
(六)(1) 被告が、昭和五五年一月以降、イタリーのドミナ社に、原告主張の各標章を付したハンドバッグを製造させ、これを輸入販売したことは当事者間に争いがない。ところで、後記5のとおりカッチャトーレ商標権ないし同商標の登録出願により生じた権利は被告に属するところ、証人マウリツィオ・デ・ジャコミの証言、被告代表者尋問の結果によると、被告は、右以前は、原告を通じてドミナ社にカッチャトーレ製品を製造させ、原告を通じてこれを輸入していたこと、そして、原告自身ローマの店舗においてカッチャトーレ製品を販売していたこと、被告は、マウリツィオの同意を得て、昭和五五年一月以後暫くの間直接ドミナ社にカッチャトーレ製品を製造させ、同社からこれを輸入するようになったものであることがそれぞれ認められる。
ところで、右のようなカッチャトーレ製品の輸入方法の変更は、原告において手数料の取得ができなくなるなどの不利益があり、原告の特殊業務に当たると考えられるから、前記2(二)(1)のとおり被告との取引きに関する通常業務一切を任されていたマウリツィオの同意があっただけでは、原告の同意があったこととはならないというべきである。したがって、被告の前記行為は本件契約に違反するというほかはない。
(2) 被告がジャコミ商標について第一七類、第二一類、第二二類の商品を指定商品として、各商標登録出願をしたこと、昭和五五年一一月一七日付けの日経流通新聞に、被告がジャコミ商標の付されたハンドバッグを輸入販売する旨の記事が掲載されたこと、原告主張のパンフレットにマウリツィオが原告の五代目当主であるとの記事が掲載されたこと、被告が、昭和五六年二月、原告主張の展示会において、原告の同意なくして、ジャコミ商標の付されたハンドバッグを販売したことは、当事者間に争いがない。
<証拠>によると、本訴請求の原因五(六)(1)ないし(4)の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
そうすると、被告がジャコミ商標の付されたハンドバッグを販売したことは本件契約に違反する行為であるというべきである。
(3) 本件全証拠によるも、本訴請求の原因5(七)の事実はこれを認めるに足りない。すなわち、<証拠>によると、被告代表者の新美が経営するトクヤジュなる会社がイタリーのライペ社と商品の独占販売契約を締結したことは認められるものの、被告自身がライペ社と右契約を結んだこと又は右商品がハンドバッグなどの本件契約に定められた商品と競合する商品に関するものであることはこれを認めることができないものであり、他に、これを認めるに足りる証拠はない。
4(一) 原告は、本件契約が昭和五五年八月末ころまでに合意解約されたと主張するが、本件全証拠によるも右合意解約の事実を認めるに足りない。すなわち、前記3(五)(4)記載の事実によると、原告が本件契約を終了させる意向であったことは認められるものの、同(五)(5)記載の事実を考慮すると、被告が本件契約を確定的に終了させる意思であり、かつ、その意思を原告に対し、黙示的にせよ表示したとは到底認定できないものである。
(二) 原告は、本訴請求の原因6(二)(三)記載のとおり、本件契約が被告の債務不履行により解除されたと主張する。そして、原告が、昭和五六年二月中旬、被告に対し、原告の代理人であるピィツオリを通じて、本件契約を解除する旨の意思表示をし、そのころ、右意思表示が被告に到達したことは当事者間に争いがない。
前記3で認定したとおり、被告の本件契約違反は、
(1) 被告が中善及びエースから受領した商標の使用料を原告に支払わなかったこと
(2) 被告がカッチャトーレ製品を、原告を通すことなく輸入したこと
(3) 被告がジャコミ製品を販売したことの三点のみであると認められる。
ところで、原告は無催告で解除をしていることがその主張自体から明らかであるところ、本件契約のような継続的取引契約において無催告で解除をするためには、被告に、本件契約を継続し難い重大な背信行為があることが必要であると解されるので、右三点の契約違反が本件契約を継続し難い重大な背信行為に当たるか否かについて検討する。
被告が中善及びエースから受領した商標の使用料を原告に支払わなかった理由は、前記3(四)のとおり、原告の当時の代表者の一人であったマウリツィオの同意があったため、これを原告製品の広告宣伝費に費消したことによるものと認められる。もっとも、前記3(四)のとおり、右のような同意を与えるか否かの決定は原告の特殊業務に当たり、原告の代表者両名の同意が必要とされるから、マウリツィオの同意を得たのみで原告に対する支払をしなかった点は本件契約に違反するといわざるを得ない。しかしながら、被告としては、原告における皮革部門の担当者であるマウリツィオの同意を得てした行為であり、しかも、右使用料を原告製品の宣伝広告費という原告にも利益になる形で使用しているのであるから、その背信性は小さいというべきであり、これをもって解除の事由とするには不十分である。
次に、被告がカッチャトーレ製品を原告を通すことなく輸入したとの点については、被告が右輸入行為を開始した当時は、前記3(五)で認定したとおり、既に原告における内紛が激化し、被告から原告への製品の注文がしにくい状態であったこと、右輸入行為については、事前に原告の皮革営業部門の責任者であるマウリツィオの同意を得ていたこと及び右輸入行為が行われたのは短期間で、これによって原告が被った損失は少ないものと推認されることに照らすと、その背信性もまた小さいといわなければならない。
また、被告がジャコミ製品を販売したとの点については、右製品を実際に販売した時期は、前記3(六)(2)及び(4)記載のとおり、原告が、被告の取引再開の要請にもかかわらずこれに応じないとの態度を明確にしていた昭和五六年二月であることからすると、被告が、ジャコミ製品を扱うこともやむを得ない面があり、これをもって本件契約を継続し難い重大な背信行為に当たるとすることはできず、解除の事由とするには不十分である。
そして、前記三点の事由は、これらを合わせ考えても、本件契約解除の事由とはならないというべきであるから、この点での原告の主張は失当である。
ところで、原告の請求は、本件契約の終了に基づいて、チェレーザ商標等の返還を求めるものであるから、その終了原因を原告主張のものに限定していると解すべきではなく、当然他の終了原因に基づいて本件契約が終了するならば、これに基づいて右商標等の返還を求める趣旨を含んでいると解すべきである。そこで、他に本件契約の終了原因が存在するか否かについて検討するに、後記第二、五のとおり、本件契約は、被告の昭和五九年九月二一日付け解除の意思表示により解除され、終了していると認められる。したがって、原告の本件契約終了に関する主張は結論において理由がある。
前記2(二)(2)記載のとおり、本件契約には、「本件契約が終了したときは、被告は、商標登録出願が原告の同意を得てされたものであるか否かを問わず、原告に対し、登録済みの商標権については移転登録手続をし、商標登録出願中の商標については出願人名義変更手続をする。」との趣旨が含まれていたと認められるから、本件契約の対象となる商標権等に関する限り、被告は、これを原告に返還すべき本件契約上の債務を負っていることとなる。そして、八田商標権、チェレーザ商標権及びチェレーザ未登録商標についての商標登録出願により生じた権利が本件契約に含まれることは明らかであるから、被告は、原告に対し、右各商標権の移転登録手続をすべき義務及び右商標登録出願により生じた権利を移転すべき義務を負っているというべきである。
ところで、原告は、被告に対し、チェレーザ未登録商標について、主位的には出願人名義変更手続を、予備的には商標登録出願により生じた権利を有することの確認を求めている。しかし、出願人名義変更手続は、商標登録出願により生じた権利を譲受けた者自身が単独で、承継人であることを証明する書面を添付して特許庁長官に届出ることによりするものであって(商標法一三条二項、特許法三四条四項、商標法施行規則三条の三、様式第七)、いわゆる双方申請主義が採られているわけではないから、譲受人から譲渡人に出願人名義変更手続の履行を求める余地はなく、これを求める請求は失当といわなければならない。また、商標登録出願により生じた権利の移転は、これを特許庁長官に届出なければ効力を生じないから(商標法一三条二項、特許法三四条四項)、右届出以前において、譲受人が商標登録出願により生じた権利を有することの確認を求めることは、許されないことになる。しかし、原告の請求は、要するに前記様式第七にいう「承継人であることを証する書面」に代わるものとして、右趣旨に沿う内容の判決を求めるという点にあると解されるところ、そうであるとすれば、原告が被告に対し、商標登録出願により生じた権利の移転請求権を有することの確認を求めれば足りるものである。そして、原告の予備的請求は、右の趣旨を含むと解することができる。よって、チェレーザ未登録商標についての原告の予備的請求は、原告が被告に対し、商標登録出願により生じた権利の移転請求権を有することの確認を求める限度において理由があると認められる。
しかし、前記2(二)(1)及び3(二)記載のとおり、本件契約の効力は、契約締結後に創作されたカッチャトーレ商標には及ばないから、原告のカッチャトーレ商標(別紙第二及び第三目録記載各三、四の商標)についての請求はいずれも理由がない。
5 原告は、カッチャトーレ商標権及びカッチャトーレ未登録商標についての商標登録出願により生じた権利について、条理又はパリ条約六条の七第一項に基づき、その返還を求めている。
ところで、右各請求は、いずれもカッチャトーレ商標権等が帰属することを前提にしていることがその主張自体から明らかであるから、この点について検討するに、本件全証拠によるもカッチャトーレ商標権等が原告に帰属することは、これを認めるに足りない。
すなわち、原告は、イタリーにおいてカッチャトーレ商標に対応するイタリー商標が原告名義で登録されていること、カッチャトーレ商標は原告がイタリーのドミナ社に下請け製造させ、被告に輸出していた製品に付されていたことをもってカッチャトーレ商標権等が原告に属することの根拠とし、被告においてカッチャトーレ商標権等が被告に属することを証するため提出した乙第六五、第六六号証を種々論難している。しかし、カッチャトーレ商標が日本においては被告の名義で商標登録出願され、このうちカッチャトーレ商標権にかかる商標について被告名義に登録されていることは当事者間に争いがないところであり、<証拠>によると、カッチャトーレ商標は被告が製作したものであることが認められるのであって、以上の事実に照らして考えると、必ずしも原告のあげる根拠のみでカッチャトーレ商標が原告に属すると認定することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
よって、原告の条理又はパリ条約に基づくカッチャトーレ商標についての請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
二不正競争防止法に基づく差止請求
被告がその設立後、一定期間、原告からハンドバッグを輸入し、チェレーザ標章を付して、日本国内において販売していたこと、本件標章を付したハンドバッグの販売金額が原告主張のとおりであること、被告を通じての商品の販売と宣伝広告により、チェレーザ商標が原告の商品表示として日本国内において周知となったこと、被告がチェレーザ標章を含む本件標章を、ハンドバッグ、財布、鞄などの皮革製品に付して販売を続けていることは当事者間に争いがない。
弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲第九三号証、被告が東急百貨店日本橋店に提供して昭和五九年七月に販売させた別紙第四目録記載一及び三の標章を付したビニール製のハンドバッグであることに争いのない検甲第七号証及び弁論の全趣旨によると、被告は今後もチェレーザ標章を付したビニール製のハンドバッグ、財布、鞄などを販売するおそれがあると認められる。
右各事実によると、被告がチェレーザ標章を、ハンドバッグ、財布、鞄などの皮革製品に付して販売を続けることにより、取引業者、需要者が右製品を原告の製品であると誤認し、原告の営業上の利益が害されるおそれがあると認められる。
以上のとおり、被告がチェレーザ標章(別紙第四目録記載一ないし三の各標章)を皮革製品及びビニール製のハンドバッグ、財布、鞄に使用し、また、これらを使用した商品を販売することの差止めを求める原告の請求は理由がある。しかし、カッチャトーレ商標権及び同商標の登録出願により生じた権利が原告に帰属するとは認められないことは前記一5で説示したとおりであり、結局、カッチャトーレ標章が原告の商品であることを示す表示であることを認めるに足りる証拠はないから、同標章に関する差止請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
三債務不履行による損害賠償の請求等
1 原告は、被告が昭和五四年一一月以降、原告に対し全く注文をせず、そのため少なくとも被告との取引により得べかりし利益金一億一二〇〇万リラを喪失した旨主張する。しかし、被告が同月以降原告に注文をしなかったことは、前記一3(五)で認定したとおり、本件契約に違反すると認めるに足りないから、原告の右主張は理由がない。
したがって、原告のこの点における請求は理由がない。
2 被告が中善及びエースから受領した使用料の支払をしないことに関する本訴請求の原因9(二)(1)の事実は当事者間に争いがない。そして、右使用料の不払いが解除の事由に当たらないことは前記一4(二)のとおりであるが、これが本件契約(本件契約書第五条三項及び四項)に違反することは、前記一3(4)のとおりである。したがって、被告は、原告に対し中善及びエースから受領した使用料を支払う義務がある。
右使用料の支払の催告に関する本訴請求の原因9(二)(4)の事実は、当事者間に争いがない。
したがって、原告の右使用料に関する請求は理由がある。
四不法行為に基づく損害賠償請求
原告は、本件契約が遅くとも昭和五六年四月一日までに解除され、被告が原告の日本における独占的販売代理店でなくなったことを前提として、被告が原告らの新しい販売代理店であるファーレ社、トリトーネ社などの営業を妨害していると主張し、妨害によって生じた損害の賠償を求めている。そして、<証拠>によると、被告は、昭和五九年九月二一日以前において、チェレーザ商標が被告に属するので、これを使用し、又は、これを付した製品を販売することを中止するようファーレ社などに警告したことが認められる。しかし、前記一4(一)及び(二)のとおり、本件契約は合意解約されたわけでも被告の債務不履行により解除されたわけでもなく、後記第二、五のとおり、被告の昭和五九年九月二一日付け解除の意思表示により解除されたというべきである。したがって、右解除以前に原告がファーレ社、トリトーネ社などと販売代理店契約を結ぶことは本件契約に違反する行為であり、逆に被告の右行為は、本件契約に基づく権利行使であって、何ら本件契約に反するものではない。
よって、この点での原告の請求は理由がない。
第二反訴について
一原告と被告が、遅くとも昭和四八年一二月三日までに、本件契約を結んだことは当事者間に争いがなく、その内容は、前記第一、一2で認定したように、本訴請求の原因記載3(一)のとおりであり、かつ、同3(二)(3)の趣旨を含むと認められる。
二また、前記第一、一3(五)のとおり、被告が昭和五四年一一月ころ原告に対しチェレーザ製品の注文をしたところ、原告は、昭和五五年一月一八日、同年三月一八日及び同年四月一一日右製品を被告に発送したこと、もっとも、被告は、昭和五四年一一月ころ原告に右注文をした後、アンナとマウリツィオの紛争を静観し、昭和五五年一二月六日付けの書簡で取引の再開を申出るまで連絡をせず、具体的な注文は、昭和五六年三月六日になって初めてしたが原告はこれを黙殺したことが認められる。
三ところで、本件のような販売代理店契約においては、製造者は、代理店の注文がない限り、商品を供給する義務がなく、債務不履行責任は生じないのが原則である。しかしながら、本件においては、前記第一、一3(五)の認定事実によれば、原告は、昭和五五年一月三一日マウリツィオが原告から事実上退社したことにより、被告との取引関係も終了したものと考え、他の取引相手を物色するなどし、被告との取引を継続する意思は全く失っていたのであり、他方、被告においても、昭和五四年一一月ころ以降はアンナとマウリツィオとの紛争を静観し、原告への新たな注文は差し控えるほかなかったことが肯認でき、右事実に照らして考えると、原告は、遅くとも、被告あてに最後に製品の発送をした昭和五五年四月一一日の後である同年五月一日から、注文に応じなかったのと同様の債務不履行責任を免れないものというべきである。
四<証拠>によると、原告は昭和五五年九月ころ、ファーレ社との間で、チェレーザ製品についての独占的販売代理店契約の予約をし、同年一二月に本契約を締結したことが認められ、原告が昭和五七年八月初めころ、トリトーネ社との間で右同様の本契約を締結したこと、昭和五六年四月三〇日、中善との間で、同年五月ころエースとの間でそれぞれチェレーザ商標の使用許諾契約を結んだことは、当事者間に争いがない。
また、本件契約には、被告を日本における原告の独占的販売代理店に指定するとの条項が存在することは、前記のとおり当事者間に争いがない。そうすると、原告の右各行為は、本件契約の右条項に反するというべきである。
右のごとく、原告がファーレ社等と契約を結んだ経過に照らすと、右契約違反は、原告の責めに帰すべき事由によるものといわざるを得ない。もっとも、原告は、右行為は、いずれも本件契約が合意解約された昭和五五年八月末以降に行われたものであるから、本件契約に違反するという問題は生じない旨主張する。しかし、前記第一、一4のとおり、本件契約が合意解約されたことはこれを認めるに足りないから右主張は理由がない。
五原告の前記三、四項記載の行為は、本件契約の最も重要な義務に敢えて違反する背信的行為であって、原、被告の信頼関係を破壊し、本件契約を継続することを困難にするというべきである。
被告が原告の右債務不履行を理由として、昭和五九年九月二一日原告に送達された準備書面により、本件契約を無催告で解除するとの意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
そうすると、本件契約は、右意思表示により解除されたと認められる。
六<証拠>によると、被告は、原告との取引が中止された昭和五五年四月の直前である第七期決算(昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日まで)において、前記のとおり原告に返還すべきチェレーザ標章の使用料相当の金員(前掲乙第六八号証の七中の損益計算書においては、ブランド収入の項目が原告に返還を必要とする使用料の項目に当たると認められる。)を除いて、金二一七一万一五六四円の営業利益を上げたこと、右営業利益のうちチェレーザ製品にかかるものは少なくとも七〇パーセント、金額にして金一五一九万八〇九四円(円未満切捨て)を占めていたこと、被告の原告との取引による売上金額及び営業利益は、第一期から第七期までほぼ増加傾向にあり、原告の債務不履行による取引停止がなければ、第七期以降も同期以上の営業利益を上げることができたであろうこと、被告は、原告との取引が中止された当時、その売上げのほとんどが原告との取引に関連する商品によるものであり、原告との取引を止めて、他の取引先との取引に転換していくには原告の取引中止の意思が最終的に確認された昭和五六年三月の翌月から少なくとも二年間すなわち、昭和五八年三月末日までの期間が必要であったことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実及び前記三記載の事実によると、被告は、原告とのチェレーザ製品の取引により得べかりし利益相当の損害を被ったが、そのうち昭和五五年五月一日から昭和五八年三月末日までの二年一一か月分に当たる金四四三二万七七七四円(円未満切捨て)が原告の債務不履行と相当因果関係を有する損害であると認められる。
一年間のチェレーザ製品の売上げによる営業利益金一五一九万八〇九四円×二年一一か月分=金四四三二万七七七四円
七被告が、その主張の損害金の内金一六〇〇万円について昭和五六年四月一一日に、内金一〇〇〇万円について昭和五六年一二月四日に、内金三〇〇〇万円について昭和五八年一〇月六日にそれぞれの支払を請求したことは、当事者間に争いがない。前記六で認定した被告の損害額及びその期間によると、右の催告がされるまでの原告の遅滞金額は、
① 昭和五五年五月一日から昭和五六年四月一一日まで三四六日間で金一四四〇万六九六〇円(一年間のチェレーザ製品の売上げによる営業利益金一五一九万八〇九四円×三四六日分÷三六五日=金一四四〇万六九六〇円 ただし、一年間を三六五日とし、一円未満は切捨てとする。以下同じ。)
② 昭和五六年四月一二日から昭和五六年一二月四日まで二三七日間で金九八六万八三五一円(一年間のチェレーザ製品の売上げによる営業利益金一五一九万八〇九四円×二三七日分÷三六五日=九八六万八三五一円)
③ 残額金二〇〇五万二四六三円であると認められる。
したがって、右損害金の内金一四四〇万六九六〇円については昭和五六年四月一二日から、内金九八六万八三五一円については昭和五六年一二月五日から、内金二〇〇五万二四六三円については昭和五八年一〇月七日からそれぞれ遅滞におちいっていると認められる。
第三結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、
(一) 別紙第一目録記載一ないし三及び同第二目録記載一、二の各商標権の移転登録手続
(二) 原告が別紙第三目録記載一及び二の各商標登録出願により生じた権利の移転請求権を有することの確認
(三) 別紙第四目録記載一ないし三の各標章を皮革製品及びビニール製のハンドバッグ、財布、鞄に使用し、又は右各標章を使用した右製品を販売してはならないこと
(四) 金一億〇〇八〇万円及び内金五〇〇〇万円に対する昭和五六年九月一七日から、内金五〇八〇万円に対する昭和五九年九月二二日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払
をそれぞれ求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余の本訴請求は理由がないから棄却し、
被告の反訴請求は、原告に対し、金四四三二万七七七四円及び内金一四四〇万六九六〇円に対する昭和五六年四月一二日から、内金九八六万八三五一円に対する昭和五六年一二月五日から、内金二〇〇五万二四六三円に対する昭和五八年一〇月七日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余の反訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官小林正 裁判官設楽隆一裁判長裁判官安倉孝弘は、転補のため署名押印することができない。裁判官小林正)
別紙<省略>